県立学校における夏季休業中の教員の研修取得日数の減少について

1.はじめに

 県立学校教員(高等学校・特別支援学校)に勤務する教員の夏季休業中における研修の取得日数を調査したところ、近年著しい減少を見せている。本来長期休業中、とりわけ夏季休業中は、研究と修養の時間が確保し易いはずである。このような現状を放置しておくと、教員の質の低下、すなわち教育の質の低下が起こりかねないと危惧し、本レポートを作成した。

 

2.研修日数減少の要因

 かつて教員は、長期休業中に研修承認願を提出さえすれば、自由に自宅等で研修を行うことができた。しかしこの場合、自宅で研修しているのか、休んでいるのかが明瞭ではなく、家でくつろいだり、外出している事実も多々あり、埼玉県教育委員会(以下、県教委と称す)は、研修を行うにあたり、研修内容の詳細を研修承認願に記載させるとともに、事後報告書の提出を義務づけた。服務規律をただし、研修内容を報告することは、決して悪いことではなく当然のことと言える。

 しかし、県教委はさらに、研修内容について様々な条件設定した。研修内容は授業に直接関係のあるものでなければならないこと、そして自宅研修は極めて限定的な場合以外については認めない、という2点である。これらが教員の研修の取得日数が大幅に減少した要因と考えられる。(図1,2のグラフ)

 

3.多忙化との関連

 長期休業中における研修の急激な減少の要因は、これ以外に、昨今話題となっている教員の多忙化にもある。夏季休業は約40日あるが、土日と5日間の夏季休暇を除くと25日程度である。この間、部活動・補習・進学就職関連等の指導など様々な業務があり、「教員には夏休みがある」と言われた時代は終わった。また、慢性的な業務の多忙化のため、長期休業中は新学期のための教材研究に追われる日々でもある。勤務振替・年次休暇は激務の休養に充てるしかない。これを考えると、普段から研修したくとも十分な時間は取れない。

 本県の平成30年度の県立学校(高等学校と特別支援学校)の本務教員数は11808人である1)。この年の夏季休業中の研修取得日数は162日である。つまりほとんどの教員が1日も研修を取れていない。

 

 

 4.法令等における研修の位置づけ

 そもそも、教員にとっての研修とは、何なのだろうか。教育基本法第九条にはこのように書かれている。

 

教育基本法

第九条 法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。

 

 つまり、教員にとって研修に励むことは、「義務」なのである。これは、教育者にとって至極当然のことで、日々の教材研究や指導法の工夫など、幅広い教養と人格の形成のため教員は努力を重ねなければならない。

 長期休業中は、充実した研修を行うための貴重な機会であることから、公立学校の教員は、職場を離れて研修を行うことができる。この根拠は、教育公務員特例法にある。

 

教育公務員特例法

(研修) 

第21条 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。

2教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない。

(研修の機会)

第22条 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。

2教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。

 

 ここでも、教員の研修は「義務」であるとともに、任命権者は、研修の奨励に勤めなければならないとされている。しかし、県教委を自主的な研修を奨励するどころか、制限をかけている現状は、この法律に反している。

 

5.研修内容の制限

 「授業に直接関係のない内容の研修は認めない」この県教委の姿勢は、明らかにおかしい。なぜなら、「直接関係する」か否かは、授業をする教員本人の判断に委ねられるべき事だからである。教材研究においては、直接指導する「部分」だけでなく、その「背景・関連事項」を知ってこそ、上質な教材と指導ができる。日々の教育活動に広く関連するすべての内容について、可能な限りの『研究』を重ねることが教員本来の責務である。

 研修のもう一つの柱である『修養』とは、品性を磨き、自己の人格形成につとめることである。広義には外国語の勉強や、パソコンのスキルアップ等もこれに当たる。海外に出て異文化を学ぶことも、修養に該当するはずであるが、このような研修は現在はほとんど認められていない。

 また今後、教育課程においては,消費者教育・主権者教育・環境教育・食育・防災教育などの現代的な諸課題に関する様々な教育(いわゆる○○教育)への対応が求められており,教師の負担はさらに大きくなる。幅広い知識と教養を身につけることは必須であり、そのためのより、自由度の高い研修が承認されるべきであろう。

 

6.研修場所の制限

 教育公務員特例法では、授業に支障がない限り、勤務場所を離れて研修を行えるとしている。これは、「自宅研修は極めて限定的な場合以外認めない」とした県教委の姿勢と矛盾している。自宅は休暇と区別がつきにくいというのが県教委の言い分であるが、現在は研修報告書の提出が義務づけられているので、これを精査すればわかる事である。自宅研修を制限する理由にはならない。場所に関わらず同等の成果が得られるのであれば、移動時間で費やす時間を有効に使える自宅研修は、むしろ奨励されるべきものである。

  教員は、その多忙さのゆえ、十分に読書をする時間さえない(図3)2)。せめて、長期休業中の数日は、自宅で読書に勤しむような時間があってしかるべきである。専門書を読むことは、最も基本的な『研修』であるからである。

6.まとめ

 

 経済協力開発機構(OECD)が昨年実施したTALIS(OECD国際教員指導環境調査)で、日本の教員が研修などの自己研鑽に充てている時間が、加盟国で最短だったことが明らかになった。OECD平均が週2時間なのに、日本は30分余りにとどまっていた。4)

 一方で、研鑽(研修と同義語なので、以下研修という用語で説明する)が必要だと感じている教員の割合は、日本が飛び抜けて高かった。中学校教員の6割が、指導法を磨き、担当教科の知識を獲得したいと答えた。5年前より増えている。このデータは中学校のもので、高等学校に同じ事が当てはまるとは必ずしも言えないが、昨今の教員の多忙化については、中高で似たような傾向にあり、かなりの部分が当てはまると考えられる。

 予測困難な時代を迎え、教育現場には、思考力や表現力を育む指導が求められている。こうした新しい流れに対応したいと願いながらも、日々の雑務に忙殺され、研鑽の機会を確保できていない教員が多くいるのは、明らかである。

 まずは、教員が自らの勤務内容を点検して、研修の時間を捻出することが大切であるが、それ以上に校長や県教委は学校運営において、研修をしたいという意欲のある教員を後押しする必要がある。そして、仕事のなかに、きちんと研修の時間を確保し、自らが必要とする研修を自由に取得できる環境が必要である。県教委は、このことを真剣に考え、働き方改革とともに教員の資質の向上のために研修の奨励と承認を積極的に行わなければ、教育は近い将来完全に崩壊するという危機感を抱いている。

 

引用文献等

1)埼玉県学校便覧 

2)ブラック化する学校 (青春新書インテリジェンス) 前屋 毅,2017

3)教員環境の国際比較:OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2018報告書ー学び続ける教員と校長ー(ぎょうせい)国立教育政策研究所編,2019

今回、県立学校人事課より提供されたデータはこちら