Silent Spring(沈黙の春)

 1950年代の後半,アメリカの生物学者カーソンは,イリノイ州の小さな村に住む主婦のかいた手紙を読んだ。そこにはこう記されていた。この主婦は,町からこの静かな村へと移り住んできて,それ以来,毎年春が訪れると,その庭先ではかわいい小鳥のさえずりを聞くことができた。ところが,6年目の春になぜか小鳥が来なくなり,「沈黙の春」をむかえることになった。

 現在では,DDTとよばれる物質は,健康を害する危険な物質であることがわかっているが,当時,アメリカでは殺虫剤として大量に散布されていた。DDTをまけば害虫は死ぬが,DDTのついた落葉を食べたミミズには,生物濃縮によって大量のDDTが蓄積される。食物連鎖の流れにそって,これを食べた小鳥の体内には,さらに高い濃度でDDTが蓄積されることになる。このような小鳥たちは,神経障害を起こしたり,卵をうめなくなったりしてしまう。

 これらのことがきっかけとなって,カーソンはDDTのような物質がまかれると生態系の中で何が起こるかという問題をとりあげ,1962年に1冊の本にまとめた。これが『Silent Spring(沈黙の春)』である。彼女がこれを著そうとしたとき,アメリカの業界から大きな圧力がかかった。彼女は,もしかして自分は事実を誇張しているのではないかと,何度も原稿をチェックした。そして出版されたこの本は,物静かな記述でかかれている。にもかかわらず,この本は世界中で大きな反響を巻き起こした。多くの人々に読まれ,自分たちの環境を自分たちの手で守ることがいかに大切かを認識させ,どの国の政府も環境問題をとりあげざるをえなくなった。彼女が残した1冊の本は,世の中の流れを大きく変える結果となったのである。1994年には,アメリカの当時の副大統領のゴアが長い序文をかき,この本の果たした役割について述べている。

 歴史の流れは2つのことを教えている。1つは,イリノイ州の主婦が示しているように,自然に対する注意深く観察することのの大切さ,もう1つは,DDTの例にみられるように,今まで自然になかった人工の物質を使うときには,思いもかけない結果を招くことがあり、このことを忘れてはいけないということである。

 


以下の英文は、沈黙の春の一節である。

 

There was a strange stillness. The birds, for example-where had they gone? Many people spoke of them, puzzled and disturbed. The few birds seen anywhere were more dead than alive; they shook violently and could not fly. 

It was a spring without voices. There was no sound; only silence lay over the fields, woods, and marsh. No witchcraft, no enemy action. The people had done it themselves. This town does not actually exist, but it might easily come into being in America or elsewhere in the world. 

Everyone of the disasters I describe has happened somewhere. Many communities have already ed a large number of them. A terrible threat has crept up on us almost unnoticed. This imagined tragedy may easily become a reality we all shall know.

What has already silenced the voices of spring in countless towns in America? This book is an attempt to explain.

 

それは奇妙な静けさだった。例えば鳥たちは、一体どこへ行ってしまったのか。人々は当惑し動揺して鳥たちのことを話した。わずかに見かける鳥は、生きているというよりも死んでいるようで、激しく震えて飛ぶことはできなかった。それは沈黙の春だった。

音がなく、原野を、森を、湿地を静けさだけが覆っていた。魔法でもなく、敵の攻撃でもなかった。自分たち自身の起こしたことへの償いだった。

 この町は実在する町ではないが、アメリカやその他の国で現実のものとなるかもしれない。私の描いた災害のひとつひとつがどこかで起きている。多くの社会が、既に大きな被害を被っている。

 恐るべき事態が、ほとんど気付かれることなく、忍び寄っている。この想像上の悲劇が、すぐにでも過酷な周知の事実となるかもしれない。

すでにアメリカの数えられないほどの町で、沈黙の春をもたらしたものは、何なのだろうか。この本は、それを説明する試みである。